フォーカシング。身体の感覚を言葉にする。

9月のOADセラピスト養成講座は、フォーカシング&フェルトセンスタッピングでした。

フェルトセンスタッピングは、OADセラピーを考案したあゆかさんオリジナルのテクニックとのことで、今のところはOADセラピスト養成講座でのみ受講できるものと思います。

OADセラピスト養成講座も、早半年が過ぎました。講座の卒業生&在校生向けの講座が時々あるので、それがかなり嬉しいです。卒業したら、自力で頑張らなければいけないと、なぜか勝手に思っていました。一人よりも仲間がいたほうが、続けていきやすいですからね。同じことを学んだ仲間とのつながる場を提供してもらえるのは、ありがたいことと思います。

フォーカシングは、以前、一般向けの講座を受けたので2度めの受講でした。身体の感覚を言葉にするのは、とてもおもしろいです。本もあるので、興味がある方はぜひお読みください。

やさしいフォーカシング―自分でできるこころの処方 単行本 – 1999/9/1
アン・ワイザー コーネル (著), Ann Weiser Cornell (原著), 大沢 美枝子 (翻訳), 日笠 摩子 (翻訳)

私は子供の頃から、いつも周囲から浮いているような、どこか居心地の悪さを感じていました。ちなみにこれはエニアグラム4の特徴のようです。エニアグラムはあゆかさんがよく講座の中でお話するので、私も興味を持って少し本を読んでみました。かなりドンピシャなことが書かれていて面白かったです。エニアグラムで自分の生まれながらに持っている質を知ることも、生きやすさのヒントになると思いますよ。

エニアグラム4的な世界観・・・。

さて話は戻り、居心地が悪いので、目の前の世界から自分を切り離して、いつも妄想にふけっていました。お腹もしょっちゅう痛くなる子でしたが、「この痛みから意識を切り離せば、痛くないはずだ。」と本気で信じで、「感じないようにする練習」ばかりしていたように思います。妄想力は培われましたが。

そんな私ですので、フォーカシングのような、シンプルに自分の身体の感覚を感じて対話することは、とても楽しいことなんです。身体も自分の一部なので、「感じないようにする」のは、自分の声を無視しているのと同じことです。それって寂しいですよね、やっぱり。

それにしても、「私の身体」「私の感情」「私の思い」・・・いろいろありますが、そもそも「私」って一体何なんなんでしょうね。「これが私だ!」と強く信じ込んでいたものが、実は私ではなかったということうを、セラピーを受けていて気づくことがあります。私がある日セルフワークをしていて、「これが私だ」と強く信じていたエネルギーが、私ではないと気づいたことがありました。ある意味、ものすごく衝撃です。次に思ったことは「じゃあ、何が私なんだろう?何を私だと思えばいいんだろう?」ということでした。どうも私は、周りの場所や人のエネルギーと同化する癖があるようで、エネルギーとの同化をとおして、「自分」という位置とか定義のようなものを決めているような感じがありました。

そして、ここで出てくるのが「非二元」です。

OAD心理セラピーは、この「悟りの教え」がベースにある点が、かなりいいなと思います。これがなかったら、あの日のセルフワークの後、何かしっくり来なくて、さ迷っていたんじゃないかと思います。「悟り」だけでもなく、「癒やし」だけでもない、「悟り」と「癒やし」の融合。う~~~~ん、なんて素晴らしいものに出会えたんでしょう♪

あゆかさんの最新のノンデュアリティのお話がYouTubeにアップされていました。自分とはなんなのか?ご興味がある方はどうぞ。こちらから。

 

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